血液型
2026年10月09日
朝晩めっきり寒くなってきましたね
紅葉も一気に進むのでしょうかねぇ
昨日はお引渡しさせていただいて5年経過したお宅に点検&メンテナンスに行ってまいりました。
お住まいになられて本当に満足しておられるようで、あれがよかった、ここもよかった、と嬉しそうにお話される様子にこちらも本当にうれしくなりました。
これから住まいづくりを考えていかれる方に参考になる話をたくさんしていただきました。
近々あらためて取材させていただき、インタビュー記事として掲載しますので楽しみにお待ちください!
さて本題です。
高校2年まではA型でした。
父がB型、母はA型でした。
今となってはそれも怪しく思えておりますがともかく!
幼いころより「お前はA型だA型だ」と言い聞かせて育ってきました。
それが忘れもしない高校2年のときのこと。
選択科目は生物を取っておりまして、ある日自分の血液から血清をつかって血液型を調べるという授業がありました。
耳に針を刺して血をとり、血清と混ぜて反応をみる、というものだったと記憶しております。
ブスっと我が耳に針を刺して血をとり、いざ結果は...
O型でした...
O型でした?
O型?
もう一回やったかどうかは覚えてません。
覚えていたのはO型だったこと、耳を動かせることができたトシフミがとうとう最後まで耳に針を刺すことができなかったことくらい。
帰ってから母に「O型だった」といったらそんなはずはない、という反応だったかふーんだったか忘れました。
どうにも合点がいきません。
その後、学校に献血車がきたものですから、これ幸いと献血をしましたところ...
O型しかもカッコプラス付!
確定しました。
ただそれからしばらくはA型としての人生を過ごすわけですが、学校からの抑圧から解放されてからはどこにいってもだれとあっても
「おまえはどう見たってO型だ、会った瞬間O型だ」といわれる始末。
それから後、今に至るまでO型として余生を過ごすこととなるのでした。
ただ、そうはいっても時々A型の頃が出てくるようです。
大工さんからも「O型のくせに変なところでA型がちょいちょい出るね」と...
最近ではあれだけめんどくさかったエビの下処理もキャベツの千切りもちゃんとやるようになりました。
一時期、図面書くのがほんとめんどくさくて外注に頼んだこともありました。
それが今や1物件で何十枚も細かい納まり図を書く始末(当たり前ですが)。
ただ、ちょいちよい寸法線が抜けてるのはO型の名残か...
昨日は耐震断熱リノベーションの気密測定でした。
詳しいことはこの10月から晴れて広報主任となった深津が来週お話すると思いますのでお楽しみに!
まぁしかしエリア断熱の気密処理はほんっと難しい。
難しいからこそやりがいも技術の進歩もありますが。
最近は難しい話題は深津に任せ、お気楽な話題に終始する谷山がお送りしました。
では!




